有名人が依存症を克服しにくい理由

今回も薬物やその他の「依存症」について。

もともと麻薬、バタコ、酒などには依存性があると考えられてきましたが、19世紀までは「意志の弱さ」など個人の資質が原因であるとも考えられてきました。
ところが、20世紀に入ると、脳の報酬系に作用するドーパミン経路の存在が明らかとなり、そのドーパミン経路に麻薬、タバコや酒などが作用していることが分かったのです。つまり、麻薬の依存性は、麻薬の化学的な構造によるものだとされるようになりました。

ところで、麻薬の依存性が化学的な構造によるものだとしたら、どんな動物であっても、たとえ人であっても、麻薬を一定量、一定期間投与すれば、依存性を示すことになります。たとえ人間のうち誰であっても。
しかし、タバコや酒などを考えればよく分かると思いますが、依存性の高い物質を摂取したからといって、必ずしも全員が依存症になるとは限りません。
ではいったい何が依存症の原因になるのでしょうか。

依存症の原因は「環境」

カナダ人心理学者で、サイモン・フレーザー大学等で教鞭をとったブルース.K.アレクサンダー博士は、この疑問に対して、ある仮説を立てます。依存症の原因は薬物自体の依存性だけではなく、孤独やストレスなど周囲の環境によるものだという仮説です。

その仮説を証明するために、有名な「ラットパーク」(ネズミの楽園)実験を行いました。
まず、ネズミは環境の異なる二つのグループに分けられます。一方は、一匹ずつ金網でできた檻の中に入れられ(「植民地ネズミ」)、もう一方は、広々とした場所に雄雌十数匹が一緒に入れられました(「楽園ネズミ」)。
後者の広々とした場所(=ネズミの楽園)には十分な餌が用意され、ウッドチップが敷き詰められ、隠れたり遊んだりできる箱や缶が置かれ、ネズミ同士の接触、交流、交尾を促進する環境になっていました。

アレクサンダー博士は両方の檻の中に、水と、依存性が高く、依存症になりやすいモルヒネ水を与えました。そして、57日間観察し続けて、1980年、その結果を報告します。
その結果とは、次のようなものでした。

「植民地ネズミ」が頻繁にモルヒネ水を摂取していたのに対し、「楽園ネズミ」の多くは、なかなかモルヒネ水を飲もうとしませんでした。
「植民地ネズミ」が酩酊しつづけたのに対し、「楽園ネズミ」はモルヒネ水よりも、他のネズミと遊んだりじゃれ合ったり交尾をしたりしていたのです。

「ラットパーク」実験は示唆に富んでいますが、ひとつ考えられることは、「植民地ネズミ」のように孤独で、誰とも接触できず、交流できないような、辛く厳しい環境に置かれると、薬物に頼りたくなる一方、「楽園ネズミ」のように、友達もいて、異性もいて、みんなと仲良くなれるような環境にいれば、たとえ依存性の高い薬物が周りにあったとしても、それにハマる可能性は低いということです。

(以上はヨミドクター記事「薬物依存症に「なる人」と「ならない人」の違い」(松本俊彦=国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長による)を参考にしました)

芸能人の孤独、孤独な芸能人

ここで、今の芸能人や著名人が置かれている環境について考えてみましょう。彼らはもともと一般の人との交流が制限された環境に置かれていましたが、近年では SNS の発達などによって、常に監視の目にさらされるようになりました。もしかしたら孤独度が高まっているかもしれません。

環境面に限らず、精神面でも孤独に陥っているかもしれません。常に「かっこよくあってほしい」「強くあってほしい」と思われなければならないタイプの芸能人は、なかなか弱音を吐くことができないでしょう。男性の俳優などはそういう人が多いはずです。彼らは辛い時でも、一人で乗り越えなければならないかもしれません。
一方、女性に対して、「強くあれ」という圧力は全般的に少ないし、男性のなかでもお笑い芸人などは、弱みをネタにできるので、孤独に陥るおそれは低いかもしれません。

もともと孤独願望が強い人たちが芸能人や著名人になっている、という可能性もあります。 芸能界で活躍するためには、当然、バイタリティに溢れていなければなりません。「生きる活力」「気持ちの張り」「精気」といったバイタリティは、生化学的にはテストステロンというホルモンによってもたらされます。
テストステロンは、次のようなタイプをもたらすそうです。

粗っぽくてデリカシーが無いし、短気で怒りっぽい面もあるけれど、明るく前向きでたくましく、ワイルドでセクシー

このテストステロンは、心理的には闘争本能や孤独願望を高める作用をもたらします。孤独願望とは、1人でいたい、干渉されたくないという欲求です。最近では、テストステロンが増えると社会的地位を重視するようになり、社会的尊重を求めるようになる働きがあるという研究もあります。

いずれにせよ、芸能人や著名人は、人によっては、孤独を感じやすい環境にあるのかもしれません。少なくとも、一般社会よりは孤独になりやすい環境にあるといえるでしょう。
彼らは孤独の苦痛を軽減するために、麻薬に手を出してしまったのかもしれません。

「やめられない」と言える社会と、「やめられない」と言える人に

松本俊彦博士(国立精神・神経医療研究センター 精神保健研究所 薬物依存研究部部長)は「ラットパーク(ネズミの楽園)」実験の後日譚について、モルヒネ漬けになった「植民地ネズミ」を「ネズミの楽園」に移したところ、「楽園ネズミ」たちとじゃれ合うようになっただけでなく、いつしかモルヒネ水をやめ、普通の水を飲むようになったとし、この実験が示唆しているのは、

薬物依存症から回復しやすい環境とは、「薬物がやめられない」と発言しても、排除もされなければ孤立を強いられることもない社会、むしろその発言を回復の第一歩と見なし、応援してもらえる社会である

とし、

それは、安心して「やめられない」と言える社会なのです。

と述べています。
これに加えるならば、薬物依存症から回復するために、被害者たちに「『やめられない』と言ってもいいんだ」「弱音を吐いてもいいんだ」と思ってもらえるかどうか、です。皆が孤独、弱音、辛く苦しい気持ちを吐き出せるようになって欲しいと祈っています。